弓道、アーチェリー、世界には弓を使った競技がいくつかあります。中国にも伝統武術の一つとして中国弓術、射芸と言われる弓術が伝わっています。本日は中国北方の弓や弓術について解説します。
中国弓術
中国弓術は中華民族が発展させた弓術です。矢を番える場所は、弓を構えた状態で弓の右側で、親指で弦を引っかけるようにして矢を引きます。この番え方は蒙古式と言われ、トルコ、モンゴル、中国、朝鮮半島、ツングース諸民族も同様の引き方をします。
一つの説によると、これは馬に騎乗したり、戦車に乗って弓を射る時の向かい風の中で弓を射るときに、矢の位置がずれないようにとの工夫とも言われています。
また矢を弓の右側に番えることにより、左側に番える場合に比べて、弦と左腕、胴体が干渉しにくくなることから矢を耳の近くまで大きく引き絞ることができるようになります。日本の弓術も矢を弓の右側に置くため、日本の弓術も蒙古式と共通の考え方で成り立っています。
中国弓術の特徴
中国弓術は、儒教の射礼とともに発展したことに特徴があります。また中国弓術は実用性もありながら精神性を重んじる芸術という側面もあり、弓術とともに射芸と言う表現もされます。周王朝では諸侯や大夫、士など高層階級の子弟に対する教育として六芸と称する文武教育を行っていました。
- 礼 礼儀作法
- 楽 琴など音楽の演奏
- 射 弓術、射術、射芸
- 御 馬車の操作技術
- 書 書法
- 数 算術
その中でも孔子は、上の六芸を社会に広め高く評価されるようになりました。中原でも弓術はもともと狩猟の技術ではありましたが、儒家はそれを射芸とし、文化的・儀礼的性格が強い芸道としました。
日本にこの思想がどのように輸入されたのか定かではありませんが、日本では現在でも平安時代からの神事として弓術は儀礼的な側面を保持つつ現代に至っています。
漢人の王朝では文を至上とする重文軽武の考え方が世間に浸透し、科挙による文民官僚登用制度も相まって、伝統的な射芸は衰退し、満州族やモンゴル族など北方の少数民族のみ技術が継承されるという状態が続いていました。ですが、最近は漢服を着て弓を射る射芸が見直され愛好者が増える傾向にあります。
漢弓の形状と材質
ここでは漢弓の構造を解説します。
漢弓は上下が完全に対称な形をしています。中央部に握る部分があり、その両側に大きく曲がる部分を備えており、末端部は弓の耳の部分があります。
典型的な漢弓は外側に動物の腱が、芯材には竹か木材が、内側には牛か羊の角が使われています。弓の両端に当たる部分は木材が使われ、これらが膠で貼り付け固められています。この構造は朝鮮半島やツングース諸民族、モンゴル族の弓と大同小異です。
また南方の楚の国や台湾の山岳民族では弓の弾力を反発力の源とする植物性の弓が使われることもありますが、漢弓の反発力は動物質由来です。
形状は、弦を外した状態ではC形をしており、それを逆に反り返して弦を張ります。漢弓は長弓か短弓化と言う分類でいえば短弓に分類されます。これは使われる牛や羊の角の長さによる制限によるものです。長大な弓よりも取り回しに優れます。
漢弓の特徴
漢弓の特徴は礼射です。儒家の教養として発展したため、作法があり、それに則り弓を射ることに特徴があります。
単一素材ではなく、木材、腱、牛角という素材を張り合わせた複合弓です。引っ張ったときに強い靭性を発揮する腱を弓の外側に曲げるときに強い靭性を示す牛角を内側に張り付けることにより動物質ならではの強い反発力を持っています。
但し、他の動物質を使用した複合弓と同じく、温度が高い条件下では弓の張力は小さくなります。また湿度の高い状況では膠が柔らかくなり、素材同士が剥離しやすいという欠点も抱えています。
これは漢弓だけの特徴ではなく、蒙古弓や満州族の弓と同様の特徴です。このため、モンゴル人は冬場の寒冷期の弓の張力が強い時期に征服行動をとっていました。
弓の耳の部分は満州族の弓ほど巨大出なければ、朝鮮半島の弓ほど小さくもない中くらい手の大きさです。弦を外すとC形に反り返る形は、弓を引いたときに蓄えられる力を、引っ張る力との単なる比例関係以上に蓄える工夫だと言われています。
漢弓の射法
漢弓は親指で弦を引きます。その際には、親指に指輪をつけ、弦が親指に食い込むのを防ぎます。そして矢を人差し指に当て、振動する馬上でも矢がずれないように保持します。
左手はうちにひねりながら保持し、矢を放つ瞬間に、弓が左側に向かって捻じれるようにします。これにより矢が飛ぶ方向を補正するとともに、弓を捻じる力をも矢に伝えようとします。
矢は頬ではなく耳の横あたりまで引きます。
弓術をすることによる中国武術への効果
弓術をすることは長兵器、短兵器や徒手の中国伝統武術を練る方にとってもプラスの作用を及ぼします。
整勁
弓術を練ることによる中国伝統武術に対する効果の一つが整勁です。徒手や長兵器、短兵器の操作と同じく弓を引き矢を射る動作にも、全身を協調させた勁の表現が必要です。弓術を練習すれば自ずと整勁を補助する効果があります。
意 気 力
弓を引い矢を射る動作は、意と気と力の高度な一致が求められます。これは武術的概念として共通の土台です。体を動かそうとする意念、そして気、つまり呼吸(発声とかどうのこうのという概念ではありません)、そして肉体的な動作で力を蓄え、命令どうりに操作する能力です。
形と意の結合
外形と意念の高度な結合、これが弓術に求められます。アーチェリーやビリヤード、ゴルフでも同様に外面と内面の一体化が求められるのと同様です。
雑念のなくし集中力を高める
弓術に限らず、射的や投擲物を的に当てる、或いはそれに類似する運動には、精神的な集中と雑念の排除が必要なものがたくさんあるはずです。雑念を取り払い、一点の曇りもない清浄な気持ちで射る覚醒し集中した状態を練るには中国弓術は最適です。
礼を学ぶ
漢人の射芸は、狩猟のための道具、戦闘で遠距離を攻撃するための武器であるとともに、儒家の礼を学ぶための作法でもあります。射芸を通じ、中原の士が育んだ礼と大夫の精神を学ぶにも中国弓術は最適な教材となり得ます。
まとめ
本日は、日本ではあまりなじみのない中国弓術について紹介しました。日本に弓道の愛好家がいるように、中国や台湾にも弓術の愛好家がおり、伝統文化の復興に邁進しておられます。
中国の中世では、「箸と筆より重い物を持たず、袖の長い服を着てそれを汚さないように過ごす」ことが最上とされる価値観が出来上がっていましたが、春秋戦国の世では、まだまだ戦乱もあり、社会の秩序が未成熟であったため、孔子をはじめとする儒家は射術も含めた六芸を以て社会の秩序を正そうと考えていました。
中国弓術は現代でもアーチェリーのように気軽に楽しめるスポーツとして、また伝統文化の学びの場として、武技の修練として普及が進められています。
機会があれば日本でも中国弓術を紹介できる場を設けることができればと考えています。