最近、武道や格闘技を題材にする雑誌やテレビ番組を見ていると「軸がぶれていない」という言葉を称賛の意味で見聞きすることが多くなってきました。インナーマッスルや体幹という言葉とともに「体の軸」を重要視される方も多いと思います。
スポーツでぶれない軸を作る、体幹を作ることはパフォーマンスを向上させるために非常に重要な要素だといわれています。ですが私は中国武術において「軸がぶれない」「ぶれない体幹」が必要だとは全く思いませんし、何を体幹だの軸だのと騒いでいるのかと思っています。
中国武術では「軸」という概念を使う頻度はあまり多くありません。ですが、体の中心線の概念は存在します。
私は「体の中心線をぶらせることが大事」という持論を持っています。中国武術では中心線をぶらせていかなければだめだと思っています。
今回は体の中心線をぶらせる必要性やメリットについて解説します。
目次
体軸とは
体の軸は時には体軸とも呼ばれることもあります。定義としては体を上下に貫く軸上の意識のことです。おおよそ頭頂部から肛門の少し前側、つまり会陰を結んだラインがそれに該当することになります。これが一般に言われる体軸と思われます
体幹とは
体軸とよく似た使われ方を単語に体幹という言葉があります。これを調べてみると、胴体のなる部位の総称となるようです。
体軸と体幹
さてここまで体軸と体幹を解説し両者は似て非なることがわかりました。体軸は意識上に体を上下に貫く軸であり、体幹とは上半身の胴体をひっくるめた概念であることがお分かりいただけたと思います。
中国武術における中心線の概念
中国武術にも体軸や体幹という概念に類似する概念は存在します。まず体軸に似る概念とは「正中線」です。正中線とは眉間、鼻、喉、みぞおち、臍などの中心部分を示す概念です。
正中線は体の前面か後面の表面を示す概念であり、体軸とは体の内部を上下に通す概念であり似て非なるものです。
中国武術における体幹や軸と類似した概念
中国武術において体幹や軸と類似した概念には以下のものがあります。
身法
体幹に類似した概念は中国武術にはありませんが、あえて言うなら「身法」という概念があります。
中国武術の身法とは、鼠径部から首肩関節までを含んだいわゆる胴体を操作する方法とその表現のことを言います。同一の概念ではないため細部は異なりますが、体躯内部の微細な筋肉を統合的に使うという部分では一定の共通性があります。
立身中正
立身中正とは中国武術の世界で言われる姿勢についての要求です。立身中正とは体を前後左右に斜めにせずまっすぐに立つ、という意味で解釈されます。
虚領頂勁
猫背にならず首筋を自然にまっすぐに伸びるようにするイメージのことを言います。顎は結果的に少し引いた形になります。ちょうど身体検査で背を伸ばした形でリラックスしたものが虚領頂勁としてとらえやすいイメージなります。
中心線をぶらせるメリット
自分の中心線をぶらせるメリットは以下の通りです。
打撃を受けにくい
人間は重心の上にまっすぐ立っている人が多いため、技撃では人間は人の正中線を狙って打撃を行います。
そのような状況下で中心線をずらして動けば、人が攻める自分の正中線をずらすことができます。これによって自分への致命傷を避けることができ、打撃を受けにくくすることができます。
ただしもし相手が「人は中心線をぶらせて動くものである、中心線をぶらせる相手の動く中心線を狙い当てていく」訓練を十分に積んでいるのなら苦戦を強いられることはあります。
重心を探られにくい
中心線をぶらせておけば相手にこちらの重心がどこにあるかを探られにくくなります。まっすぐ直立しているよりも投げられにくい状況を作ることができます。
変則性を出せる
体に中心線を作れば姿勢と動作はとても単純単調なものになります。その中心線を狙われてしまえば容易に打撃を食らいますし、重心を奪われてしまいます。中心線をぶらせることで動作に変則性を持たせることができ、こちらの将来位置を相手に察知されにくくすることができます。
運動性が高い
中心線をぶらせるということは重心がふらついた状態をとるともいうことができます。不安定な状態は言い換えれば運動性が高いともいうことができます。戦闘機でも静的安定性をあえて負の状態としてその代わりに高い運動性を付与する設計を行っています。
人間も中心線をぶらせるような不安定状態を故意に作ることにより高い運動性を発揮することができます。
バランス力を練ることができる
中心線をぶらせることでバランス能力を向上させることができます。中心線をぶらせるということは常に重心を不安定状態にもっていくということになります。
この状態を維持するためにはバランスや平衡感覚を敏感にして体の統制能力を強化する必要があります。中人軸をぶらせるようにすれば、バランスの調整力はおのずと強化されます。
中心線をぶらせる際の注意点
私がおすすめする中心線をぶらせるという概念にはいくつかの注意点があります。中心線をぶらせる際の注意点は以下の通りです。
普通に不安定になる
中心線をぶらせれば当たり前のように不安定になります。体の中心線を垂直にしていれば楽です。頭を肛門の真上に置けば安定します。体が傾いた状態を維持するわけです。「体を正にし安定して立つ」よりも不安定になることは当然です。
訓練が必要
中心線をぶらせ続けつつ体の全体的な整合性を保ち、バランスを自分の統制下におき続けるには訓練が必要です。
普通は安定した立ち位置に戻そうという心理が働くため、不安定状態を維持し続け、その中で自然を作るというのはなかなかできるものではありません。
体に負荷がかかる
中心線をぶらせ続けるには、安定して立っているときとは違う筋力を使い続け全体の整合性を保つ必要があります。理由はそのままだと崩れてしまうからです。
まっすぐに立つことが習慣となっている人にとっては慣れない場所に負荷をかけ続けることになります。足腰や脇腹、首に負荷がかかってしまうことは注意すべきポイントです。
体力を消耗する
中心線をぶらせると、体に負荷がかかります。体の一部の筋肉が緊張し続けることになります。この姿勢を維持する状態は、中心線を維持するよりも体力を消耗します。筋肉により補正をかけ続けることになるからです。
中心線をぶらせることに関する事例
ここでは中心線をぶらせる事象に関する事例をいくつか紹介します。中心線をぶらせる事象及びそれに類似する事例は以下の通りです。
ボクシングのウィービング
ウィービングとはボクシングで相手のパンチを受けないように体を左右に振る技術です。フットワークと上半身の身法を使って体を滑らかに動かし、パンチをよけつつ、力をためて次の動きの予備動作とします。これはまさに中心軸をぶらせる動きそのものです。
梅花螳螂拳の身法
梅花螳螂拳では正中線上に体を垂直に立てて動作を行うというよりは、胯を支点にして上半身を前後左右に振り、攻撃を避けつつ、その振る動作そのものを勁を蓄するために活用するという方法がとられます。
表演の螳螂拳はこの風格を大げさにデフォルメしたものであると思いますが、事実梅花螳螂拳やそれに連なる系譜の螳螂拳では身法を大きく使います。もちろん身法だけでは不十分であり、歩法と併用されます。
八卦掌の身法
八卦掌の身法にも中心線をぶらせるテクニックが含まれています。八卦掌の中の「翻」という身法の概念は、上半身を水平にまで寝かせる概念です。また他にも仆歩になりながら上半身を倒して動く身法もあります。
これらは中心線の垂直を維持するという構造からは大きく逸脱した動作です。中心線の垂直を能動的に逸脱させ、変幻自在の身法を作っていこうという積極性が見られます。
地功拳の身法
酔拳を含む地功拳は体のバランスを崩し倒れこむ動作を多く含んでいます。この不安定さを活用しアクロバティックな動作を練習し、またバランスが崩れる過程を利用してそれを攻防技術にするという意味合いが含んでいます。
体を傾け続け、倒れ続けるという表現は中心線をぶらせるという概念に合致するものです。
剣術の身法
近代武術で使われる剣は身が薄いため、中国武術のu剣術は攻撃してくる兵器を真正面に受け止めることはしません。剣が曲がったり折れたりしてしまうからです。その代わり、攻撃を受けずに身法と歩法でかわすという防御方法をとります。
身法ではこちらの中心線を狙って行われる攻撃を、胴体の懐を深くしたり、上半身を傾斜させたりして攻撃を空振りさせ、同時に頸動脈や手首の血管、膝横の血管、内腿、大腿部へのかすり突き、刺突を行います。これが剣術で練られる中国北方武術の身法の神髄です。
劈掛拳の身法
劈掛拳は開合や捻腰切胯を使い、上半身を柔軟につかってそれを勁の原動力としても利用します。体の中心線を意識した動作もあれば、丹田という部分を中心の意識として持ち、体を柔軟に使うことにより技撃を行います。
アクロバット
高度なアクロバットの運動も中心線を外した回り方をします。中国武術の旋子も胴体の中心線と回転の軸は同一になっていません。ですが全体の整合性が取れきれいに回転がかかります。つまり中心線を意識する必要はないということです。
馬上からスカーフを拾う動作
モンゴルの馬術で地面に落ちているスカーフを疾走する馬の上から拾うというデモンストレーションがあります。これは乗馬しながら体を横に傾けて、地面まで手を伸ばしてスカーフを拾います。
この過渡式及びスカーフを拾い上げる瞬間は騎乗している人間は馬の鞍の上からかなりずれた位置まで体を傾けることのなりますが人間と馬が一体となって全体のバランスを整えることにより馬は倒れず走り続け、乗っている人も元の姿勢に戻ります。
中心線をぶらせることのまとめ
今回は中心線をぶらせるメリットや注意点について解説しました。
世の中には「軸がぶれていない」を賞賛する流れもあるようですが、私は「軸がぶれていない」という概念は、「軸をぶらさないようにしかできない」、という認識でしかありません。それが人様に褒めてもらえる内容だと到底思えません。
軸をぶらせずしっかり安定して立つというのは簡単で単純で簡素でまあいうとあまりレベルが高くない技術ですが、中心線をぶらせながら不安定の中で全体的な整合性を保ち制御された状態を保つことこそ武術を練るものが当たり前にこなす様であると思います。
中心線をぶらせましょう。そしてその不均衡な状態で強張りを解き、自然な状態を作り出しましょう。
このブログが皆様の中国武術の研究の参考になれば幸いです。