中国武術は何百と言われる門派(流派)があり、それぞれが独特の風格、術理、哲学を持っています。
本日は、中国武術は門派により風格が異なると言われますが風格とは何か?風格が形成される下地について解説します。
風格とは
風格とは各門派の特徴を表すものです。門派の味わい、趣を表します。代表的な風格について以下に説明します。
剛猛・獰猛
剛強で猛々しい様です。男性的で豪快な状態、動物で言えば虎の威勢のようなイメージです。覇気を出す力強い風格の門派にはこのような風格が適用されます。
優雅・優美
動作と姿勢、風格が美しい様です。鳳凰や天女が空を美しく舞うように人を魅了し、感嘆させます。このような風格を出すには体が伸び伸びと動き、精神が十分にリラックスし豊かで充実した気持ちが必要です。
軽快・軽霊・敏捷・軽妙
軽やかに、すばしっこく、サササッと動く様です。中国の言語は日本語ほど擬音語や擬態語がありませんのでほとんどの動作の状態を漢字という表意文字で表します。どっしりとのろく、鈍重な風格の逆をいく概念です。
舒展・開展
体が隅々まで大きく開き、のびのびとした様のことです。心が開き、体が伸び、関節が開き、力がよどみなく流通し、緊縮しない状態を表しています。大きく開かれた動作や風格を見るととても気持ちがいいものです。
霊活・敏捷
軽快や軽妙と重複するところがありますが、こちらも素早く尚且つ臨機応変に変化する状態を表す表現です。
緊奏・緊密
動作がコンパクトにまとまり、隙がなく、動作に連続性がある様のことです。接近戦を得意とする短打系門派に多く見られる風格です。
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中国武術の風格が育まれる背景
これらの風格はどのように作られたのでしょうか。風格が作られる背景には以下の要因が考えられます。
気候
寒冷な地域の武術のほうが総運動量の大きな動作が多くなります。これは運動することが体を温め寒さをしのぐという効果を持つためです。
服装
服装は武術の動作や風格に影響を与えます。長袖を着る寒冷な地域の武術は重りを入れた袖を振り回す動作があったり、靴を活用する蹴り技が多いなどの特徴がでます。
風土
気候と重複する部分がありますが、風土も武術の風格や技術体系に影響を与える要素となります。湿潤な風土では汗をかきやすいので運動量を抑えようというバイアスが働き、逆に乾燥した風土では動作が激しくても不快になりにくいため運動量が大きい動作が残されます。
また乾燥地域や粒子の細かい黄土の大地では、地面の黄土をまき散らす動作が套路に含まれます。槍や武器を地面に突き刺し、土をまき散らして目つぶしをするという技法も見られます。また空気に微細な粉塵が多い地域では口呼吸が敬遠されます。
地形
地形は武術の技術体系や風格に影響を与えます。黄河からの堆積物と黄砂が何千年と降り積もった見果たす限りの平野では大きなステップワークで広範囲を動き回り跳ね回る動作が育成されますが狭く険峻な地形、水路が迷路のよう張り巡らされた地域では異なる風格が生まれます。
階層
体を酷使する兵(将校、士官以外の兵隊)、農民(農作業従事者)や工人(肉体労働者、工場作業従事者)と肉体労働を伴う役務以外で生活する階層、例えば、地主、大家、官吏、士業等では、肉体の強靭さに違いがあり、感性、思考方法も異なるため、これらの要素は武術の風格に影響を与えます。
体格
武術を練る者の体格は風格に影響を与える要素の一つです。人間は自分が比較優位となる戦法を取捨選択しますので体格が大きい人間は、体重とリーチを生かした戦法を採用し、小柄な人間は体重とリーチ以外のアドバンテージを利用して戦局を有利に進めようとします。
恒温動物は北方に行くほど体格が大きくなり、南方に行くほど体が小さくなるベルクマンの法則というものがあります。虎、クマ、シカ、等が代表的例ですが、私はこれは人間にも当てはまると考えています。
例えば中国人の平均身長は北方と南方では明らかに異なります。東三省や山東省では大柄な人が多く(東北部は山東からの移住民が多い)福建や広東では平均身長がそれほど高くない人をたくさん見かけたことがあります。
北方人が長撃を得意とするのは体格を有利に活用しようとした結果であると考えられます。
文化
文化的背景は武術の風格に影響を与えます。そこが温暖で風雅な文人文化が栄える地域と胡族の武人が支配する地域、尚武の風土のある文化で育まれる武術は風格に差が出ます。文化的な土壌で育まれた武術は、優雅な風格が、尚武の風土で育まれた武術は、荒々しい風格が
生まれます。
精神・哲学
文官の精神文化と武夫の尚武の気風は異なります。これらは武術の技術、風格にも影響を与えます。
美学
民族それぞれが持つ美学、美的価値観は、武術の風格に影響を与えます。中国武術の動作にあるきめのポーズは、京劇のきめのポーズと類似性が見られます。つまり、中国人の美的感覚に照らし合わせて、美しい、見栄えがする、とおもう形が取り入られていることが分かります。
治安
治安の良し悪しは、武術の風格とともに技術体系に大きな影響を与えます。治安がよければ武術の技撃性の重要性が低下するため芸道としての側面が強調されます。警察機構が機能せず無政府状態で自己防衛を強いられるような治安の状態では護身の側面が最重視され、装飾性のない実質剛健な風格が生まれます。
宗教
宗教は武術の動作に影響を与えることはあります。仏教とかかわりが深い武術は起式に仏教由来の動作をいれることがあり、またムスリムの中で伝承された武術は、イスラム教由来の思想を動作に取り入れることが行われます。
中華文明の中核を担うのは漢民族の文化ですが、中国は多民族国家であり北方では特にモンゴル族、満族、回族が漢族と雑居しています。
兵器
兵器の発達は、武術の風格と技術体系に非常に大きな影響を及ぼします。火薬が発明される前、火薬が発明され後装式銃が普及するまでの間は戦闘は火縄銃、フリントロック式銃、弓矢、槍や刀で行なわていました。冷兵器(火薬を使用しない武器)が戦場の主役であり、重装騎兵や重装歩兵による白兵戦が行われ、重く堅牢な槍や刀が主兵装として活躍しました。
携行と連射が可能な実用的火薬兵器が普及すると甲冑と騎兵による突撃が用を足さなくなり、伝統的な冷兵器も戦場の主兵器ではなくなりました。
近代的兵器が普及する以後に体系が整理された比較的新しい門派の武術は徒手技術を占める割合が高く、古い門派の架子は素朴で実質剛健です。
歴史
文化や支配階層の内容とも重複しますが、歴史的背景は武術の風格や技術に影響を与えます。文人官僚が統治する文治主義の王朝か、武川鎮や隴西、胡族にかかわりのある武人が起こす尚武の王朝か、過去から連なる歴史が武術の風格を育みます。
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まとめ
本日は中国武術の風格、風格に影響を与える要素について解説しました。中国武術には様々な門派があり、門派、支派、伝承により風格は様々です。日ごろ武術の練習を行う際に、なぜこの門派はこのような動き、ポーズをとるようになったかのヒントになれば幸いです。
体を動かしながら、武術の背景、構造などに興味を持っていただくきっかけになればと思っております。本日のブログが皆さんの参考になれば幸いです。