伝統武術の界隈で話に上る系譜や輩分について皆さんはどのようなものかご存知でしょうか。
武術は強ければいい、使えればいいと言う方もいらっしゃるかもしれませんが、結論から申し上げると中国伝統武術では、系譜や輩分(輩份)はそこそこ重要です。本日は系譜や輩分の重要性とその理由について解説します。
目次
系譜とは
中国武術の系譜とは、どの門派のどの支派のどの老師からどのような経緯をたどって自分に至っているかという伝承の流れの事を言います。
自分の老師が何という名前で師爺の名前が何、そして師爺がなんという老師から何を学んだのかを把握することが重要です。
輩分(輩份)とは
輩分とはその系譜の中で何代目であるかということです。系譜がはっきりしている歴史が比較的新しい近代武術では自分が第何代に当たるかは簡単に調べることができます。
輩分は、中国伝統武術だけではなく、秘密結社や幫派でもある概念で、何代目に当たるかの他に兄弟分として兄に当たるのか弟にあたるのかでも差異が生まれます。
武術団体や幫派では、字輩という概念を設定し、何代目かを一発で分かるようにしているところもあります。輩分は師に就いたり、義兄弟の契りを結んだりしながら継承されていきます。
系譜と輩分の重要性
ここでは自分の練る武術の系譜と輩分を重視するべき理由を以下に説明します。
ステータスとなる
中国武術では段位と言う概念は存在せず、自分の技量や立ち位置はどの老師の弟子、または学生という階層で表すことになります。誰の先輩或いは弟分、または誰の弟子であることを説明し自分がその門派で何代目に当たるかを示すことは自分のステータスとなります。系譜や輩分は中国の伝統武術界隈の名刺代わりになります。
時代錯誤と言われるかもしれませんが、幫派(アウトローの結社集団)では同様の構造で組織や友好団体との秩序を保っています。昔、東北三省で活躍した張作霖や小白竜などの馬賊も義兄弟の契りを結んでこれで結束を結んでいたのと同じです。
信頼性の証となる
先ほど系譜や輩位は自分の名刺代わりであると申し上げましたが、これは自分の名刺代わりになると同時に自分の技術の信頼性を示す証明書にもなります。由緒書と同類のものと考えて間違いないです。
敬意を払ってもらえる
門派の系譜と輩位をしっかり説明することで、周りが敬意を払ってくれます。逆に系譜が不明瞭で自分の輩位を説明できないようでは伝統武術の社会では相手にされないということになります。
便宜を図ってもらえる
権威ある系譜と輩位があれば、業界の同輩と先輩から何かと便宜を図ってもらえる可能性が高まります。中国武術界隈は今での保守的な色彩を色濃くとどめています。どこの馬の骨かわからない者、系譜が不明な者にはそれなりの対応が、権威ある属性と経歴を持っている者にはそれなりの便宜を受けることができます。
「自称」弟子や学習過程の不明瞭な輩を炙り出せる
系譜と輩位を正しく認識することは、いわゆる系譜が不明瞭な「自称有名な老師の弟子」などの輩を排除することにつながります。
拝師していないにもかかわらず入室弟子を名乗ったり、ちょっと講習会に一回参加して套路の振り付けを習っただけで、あたかもどこどこの有名な老師に長年師事したような顔をしてお金をもらって武術を教えている人がいるとします。系譜と輩位はそんな人たちを炙り出し、排除し、本物を選別する助けになります。
権威ある系譜と輩分を持つ方法
ここでは権威ある系譜と輩分を持つ方法を解説します。権威ある系譜と輩分を持つ方法は以下の通りです。
明確な系譜の老師に師事する
権威ある系譜と輩分として最も重要なことは、まずは明確は系譜を持つ老師に師事することです。できれば門派の本流に近い系譜の老師に師事することをお勧めしますが、それがかなわない場合もあるかもしれません。ですが、伝承の系譜が追えること、そしてその系譜に明確な確証があること、というものを満たした老師に師事出来ればそれに越したことはありません。
系譜の証拠を知る
武術教室や個人指導の老師に師事しようとするときには、老師が自称する系譜を聞いてみてください。しっかりした所で正統な指導をうけた老師であれば、いつ、どこで、何という人の弟子の、なんという老師に、どの位の期間、どのような内容を学んだかを説明してくれます。
もし直接本人に問い合わせるのがはばかられると思うのであれば、一緒に練習している方や先輩に問い合わせてみてもいいと思います。
そしてその系譜が歴史的に信ぴょう性があるかを文献やネット上にでてくる情報網で検索して調査し、信ぴょう性を自分で確認してください。日本語と中国語、英語で武術関係の情報を検索すれば、本流の系譜であれば系譜をたどることができるはずです。
輩分の高い老師に師事する
権威がある系譜と輩分を得るには、輩分の高い老師に師事する必要があります。平易な言い方をすると、代が上のほうの老師のに就くことをお勧めするということです。
ピンと来ないかもしれませんが、中国人老師に逢った時、「あなたは私の学生たちと同じ代に当たる」、となるか「あなたは私の老師と同じ代に当たる」とで待遇が変わります。このあたりは実際にその体験をしなければわからないことかもしれません。
老師の老師に師事する
中国人が気にする輩分を上げる方法として自分の老師の老師、つまり師爺の指導を受けるという方法があります。師爺が健在が健在な方のみ可能な方法です。師爺の指導を受け、師爺の学生としても認知されれば、自分のもともとの老師とは横関係の後輩としても認識されるようになり、輩分を一段階上げることができます。
但し、老師としてはこれをあまり面白くないと思う人がいますし、自分の師が亡くなって独自に学生に指導を始める老師もいます。もし師爺が健在な方は師爺の指導も受けておくと、箔ががつきます。上手くいけば、師爺が自分の老師にとなり、その直参の列に加われるかもしれません。
系譜と輩分の注意点
系譜と輩分について注意点を以下にいくつか挙げておきます。
系譜と輩分は複雑
老師の名前が複数ある、字(あざな)と名前を混用している場合、老師が本人の師と師爺双方の指導を受けている場合、師爺が多数存在する、そのような場合には系譜を整理するのには骨が折れます。
また武術老師はその方の老師に拝師しており、同時に結社の関係としては兄弟分であったりします。その場合、中国人は結社の上下関係を優先したり、自分の立場を謙譲したりして表現することがあり、それが系譜と輩分の構成を明確にしようとするとき、状況をさらに複雑化させていることは事実です。
系譜の輩分の権威と実力は釣り合うとは限らない
系譜の輩分は重要ですが、系譜の輩分と実力は釣り合うとは限らないという点だけは注意する必要があります。例えば、早期に輩分の高い老師の入室弟子となったがその後技の修練を怠り、高い輩分に甘んじて努力を怠った場合輩分は高いにもかかわらず内容が伴わない奢り高ぶるだけの煙たい先輩が出来上がります。
逆に傍流の系譜を継ぎ、輩分が低い老師の元で修練を重ね、自分の老師の枠にとらわれず門派及び中国武術全体の理解を深めるための研究を怠らない者は輩分以上の実力と理解を備えることができます。概して言うと系譜の輩分の権威と実力は釣り合うものですが、それが絶対とは限らないと言うことを留意する必要があります。
まとめ
茶器や掛け軸でも箱がないもの、由緒書きがない物は相手にしてもらえません。これはブランドそのものなんです。おそらく華道、書道、茶道、歌舞伎や伝統芸能の世界でも同様ではないでしょうか。
他にも任侠団体の皆さんも、直参や舎弟等と言う形でどの親分の盃を受けた、どの親分とは義兄弟の契りを結んだ、等のような繋がりがあると思います。これを価値感の共有や相互扶助に活用しているのかもしれません。
日本だけで活動し用法などの一部の実用性のみに特化して練習をしている方にとっては系譜と輩分は特に重要ではないかもしれません。
ですが、中国大陸や台湾地区も合わせて世界の中国武術業界で一定の尊敬を得、相応の活躍をしたいのであれば、系譜と輩分を無視することはできません。
「使えればいい」「でもあれ?なんかあの人と自分は現地の老師からの対応が違うぞ?」と思った時には、もう一度自分の身の回りの属性を確認してみてください。