中国武術には様々な打法用法があり、手の使い方も様々です。片手で打つ、叩く、はたく、切り落とす、打ち上げる、両手で打つ、挙げればきりがありません。練習において意識は「打つこと」に注意が行きがちです。
ですが、実は、中国武術は「打たない側の手」をどう使うかを見れば、武術の認識程度と技術の巧拙がわかります。本日はこれについて解説します。
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打たない側の手の意味合い
打たない側の手の意味合いについて以下に説明します。
打撃力を増幅させる
打撃を行う際、相手を打ち相手に接触するのは打つ側の手の仕事です。片手で打撃を行うフォームの場合、もう一方の手は直接相手を打ちませんが、その打撃力の多寡に大きく関わる重要な仕事を担います。
中国武術では「前手打拳、後手出力」(前の手で打ち、後ろの手で力を発する)という諺のような言い回しがあります。つまりこれは、打撃の威力は打たない側の手により養成されるということです。
打たない側の手を後ろに引く、または体にひきつけることにより、体が自然に回転し、前の手が前方に伸びていくことを助けます。この所作が前手の打撃の威力を増幅させることにつながるわけです。
打撃による重心移動を調整する
一方の手で打撃を行う場合、体には重心位置の変化や回転が発生します。打撃は自分の体重を相手に移すという行為でもありますが、打撃の際に発生する重心の移動にかかわる作用を調整するという意味があります。
中国武術では現代格闘技やボクシングで考えるととんでもない場所に後手が置かれることがあります。これは前方に出す打撃と同様の力を側面や後側にも発し、打撃による反動を緩衝する意味合いがあります。
これは現代兵器でいえば、無反動砲の「弾丸が発射際に発生する爆発力の一部を後方に逃がすことにより反動を相殺する」と、同様の考え方です。
バランスを保つ
打たない側の手は、相手に打撃が当たった場合、或いは当たらない場合の打撃の作用を打ち消したり、バランスを調整するという用をなします。打撃の際には、打つ手の位置は、重心位置から離れた所に位置します。よってこれによりバランスに変化が起きます。打たない側の手の位置を適宜調整することにより体全体の均衡を維持します。
中国武術の一般的短兵器(刀や剣等)は片手で持ちます。もう一方の手は武器が最大限有効に機能するよう補助を行います。特に武器を持った場合は、徒手の場合に比べて動きの中で起こる重心の変化が大きくなります。
「單刀看手」(単刀を扱うには(刀を持たない方の)手が重要な部分を担う)と言われるように、得物を持つことにより崩れるバランスを打たない側の手により調整します。]
相手を掴む(引っ掛ける)
打たない側の手は相手の腕、袖、襟、髪の毛を掴んだり、むしったりするためにも使います。相手を掴み、引っ張りながら打撃を行えば、相手は能動的に力を逃す事が難しくなり、打撃力が効率よく相手に伝わります。
また相手を掴み引っ張ることにより相手のバランスを崩しながらの打撃が可能となります。人間はバランスを失うことを非常に恐れます。なぜならバランスを失い転倒すれば、大けがを負う可能性が高いからです。
皆さんも濡れた大理石の上を革靴で歩き、ツルっ滑りかけた経験をお持ちではないでしょうか、その瞬間は体制を立て直すこと以外何も考えられない時間があると思います。中国武術はこの人間の生理的反応を有効に利用して、バランスを失わせた瞬間の「虚」のタイミングに打撃を打ち込みます。
また相手を掴む行為は、自分のバランスを保つという上述の意味も包括しています。
フェイント
打たない側の手は、フェイントにも使います。人間は肌感覚で「何かが触れた」「引っ張られた」「痛っ」と感じた瞬間、意識が「虚」になります。隙の無い構えがあり、万全な相手に正面から攻撃を行っても打撃が当たる可能性は低く、攻撃は成功しません。
その場合、何かフェイントを使い、意識を反らしたり刺激を与えることにより「虚」を導き出し、それにより鉄壁の防御に隙を見出すことが必要です。
目くらましをする
概念はフェイントとやや重複しますが、相手の顔面に手を置くことにより、打ち手を隠す目くらましを行うこともできます。人間は視界外からの攻撃にはやや弱いので虚をついた打撃を与える可能性がたかまります。
また、手に暗器(隠し武器)や、砂、目つぶし(粉や刺激性のある粉末)、黄砂を投げつけるという活用法もあります。素手対素手という条件は、たまたま「双方が手に何も持っていなかった」という状況下のみ発生します。北派武術の套路の中には、地面の土、砂を掴んで相手の顔に投げつけながら攻撃を行う動作があり、私もこれを学んでいます。
衝撃を包み込む
打たない側の手が相手を包み込めば、打撃による衝撃を相手の体内に閉じ込めることができます。
- 背中を包んで胸を打つ
- 耳を掴みながら掌底ビンタを逆の耳部に打つ
等を行えば、力は後ろに逃げず、効率的に力が伝わります。
まとめ
中国武術では、一見踊りのように手を鈎のような形にしたり、掌の形で後ろに展開したり、ひらひらと手のひらを動かしたり、格闘技的に考えれば奇妙な動作、姿勢があります。これは一見独特ですが、例えば片手武器術の名残であり、引っ掛ける動作であり、バランスをとる動作であり、中には本当にただ格好をつけるだけというものも存在します。
ただ一つ言えることは、打たない側の手を良く考える者は、総じて武術を良く理解しているということができます。套路を練る際、基本功を行う際、打たない側の手が演じる所作の意味合いを考えながら練習をしてみてください。新しい発見があるかもしれません。