日本人で武道を嗜まれる方は、武士、武人としての心構えのようなものを持ちながら技を磨き人格を磨く、と言う方が多いように思います。
中国武術を練る中国人は中国武術をどのように練習しているかご存知でしょうか。中国武術には武人の心得のような概念はありません。民間武術家は武人、武官ではなく、武を備え嗜む民間人です。彼らの持つ武術観、人生、武術と生活について解説します。
中国民間武術家の武術に対する捉え方
ここでは中国の民間武術家の武術に対する捉え方を解説します。
仕事
民間の中国武術の老師は平日は会社員かビジネスマンとして過ごしている方が多いです。
私の老師や師兄師弟には、教師、将校、証券マン、自営業者、不動産賃貸業、会社員、公務員、中医(中国伝統医学のお医者さん)、推拿師等をしている方がいます。台北市と新北市に住んでいる人が多いので製造の現場職の方や農業の方はあまりいません。
普段はサラリーマンをしながら、週末や余暇の時間に武術を教えてくれる老師は多いです。
人生
中国人の老師は武の技を磨く、格闘の技術に磨きをかける、と言うよりは人生の中の一部分として武術をやっているというイメージです。武術のために活きるのではなく、人生の楽しみのために武術をスパイスとして生きています。
武者修行者のように、武人として、その名誉のためにすべてを捧げている様な生き方をするべきだという志を持っている方は現代では見たこともありません。それにそのような人生をすすめる老師や先輩にも出会ったことはありません。
家族
中国人の老師は家庭ではお父さんやお爺さんでもあります。老師は武術老師でもあり、家庭では家の家長として給料を持って帰り、家族を養い、家事を手伝い、週末は家族と出かけ、そのような中で学生に武術を指導してくれる存在です。
老師は武術老師でありつつも、家庭をもった一人の人間であり市民です。そして家族が武術を学ぶ意志があれば家族に武術を伝えていきます。家伝の武術はそのようにして伝えられていきます。
老師は武術の老師でありながら、時には自分の子、甥、姪等一族に武術を伝え、それが家伝の武術となり、後世それが例として、楊家拳や韓家拳、李家拳、劉家拳等家名を冠した名称の拳種が発生する源流となります(拳名は例えです)。
私の八卦掌の老師の例
私の八卦掌の老師の呉国正老師は新竹県二重埔の小学校教師を父とする家庭に生まれました。父親の呉錦園は山東省無隷県大山庄の村一番の大地主の生まれ。実家の邸宅には翰林院学者を3代輩出した家であることを称賛する皇帝親筆の額があったそうです。典型的な大地主、郷紳、士大夫、科挙官僚の家系です。
呉錦園はこのとき自宅に招聘していた高義盛から八卦掌を学んでいます。そして天津地区、北京地区を遊歴し、太極拳や尚氏形意拳、剣術を学んでいます。
呉老師の母は済南出身、戦前は日本人が多く住む地区に住んでおり日本人とも親しく暮らしていたそうです。呉老師の家族は1949年に邸宅、家財、使用人、土地の一切を捨て青島港から台湾島に脱出。
滞留先の基隆で国民政府から小学校教師の仕事を与えられ新竹県に移住しました。新竹県に移住後は、二重小学校の校門前にある旧二重公学校校長の官舎に住んでいました。畳のある一軒家だったそうです。
呉国正老師はそこで生まれ育ち、台北の大学卒業後証券会社に就職し、現在は大手証券会社の営業マネージャーです。
平日の昼間、証券取引所が開いている間は仕事をしていますが、証券取引所が終わったら業務終了にて帰宅。夕方私たち学生を指導する時間です。家では家族のお父さんであり孫の子守をするお爺さんでもあります。息子は政治大学を卒業し、娘は台湾大学を出ています。
まとめ
中国武術を練習している方には「武道を志す者はすべてを投げうって、老師から学んだものに打ち込み、家庭や仕事の事は考えてはいけない」という極端な発想を聴いたことがあるかもしれません。
もしそのようなことを聞いたことがある方がいたら、それを発言した方の老師はどのような方か見てみてください。もしあなたが中国の老師の元を訪ねたときには、老師のご家庭を見て見てみてください。おそらく奥さんが出迎えてくださり、家庭料理でもてなしてもらった経験がある方もいるかもしれません。
国共内戦で家族が生き別れになってしまったような特殊な例を除き、現代の武術家は戦国時代の武者修行者のような価値観をもった方はいません。皆さん、家族では父親として、職場では管理職や会社員、自営業者や経営者として、人生の一部として武術を嗜みながら一人の人間として市井に活きています。
少なくとも私の八卦掌の老師はそうです。
中庸の徳というブログでも解説しましたが、中国人は何事も均衡(バランス)を大事にします。家庭、仕事、健康、趣味、人生を彩るスパイスの一つとして武術を考え、全体のバランスを取りながら「活著」(活きる)と言うことを考えてみてください。
本日のブログが皆さまの武術修養の参考になれば幸いです。