中国武術や気功の分野でよくきく丹田という言葉について、どこにあるのか、どのような作用をするのか疑問を持ったことがあるかたもいらっしゃると思います。
結論から申し上げると、丹田という臓器は人間には存在しません。ですが丹田は中国武術や養生術において非常に重要な「概念」です。中国武術の世界で最も一般に取り扱われることが多い下丹田を丹田とし、丹田と丹田の中国武術での活用法について解説します。
目次
丹田とは
丹田とは中国の伝統的な概念としての体の位置です。意味は丹の田という意味です。古代の中国医学では丹は不老不死の薬を意味し、田はこれを算出する土地を意味しています。
中国の健康法である内丹術では丹田を鼎炉とみなし気を材料に意識と呼吸をふいごとして丹を煉成する場所として意識されています。丹田は、東晋のころには概念が出来上がっていたといわれています。
丹田は、内丹術で気を集めて煉ることにより霊薬の内丹を作り出すための体内の部位であり、道教では体のエネルギーの中心となる場所とされます。また丹田には三丹田説という説があり、三丹田説では、眉間の奥にあるものを上丹田、胸の中央にあるものを中丹田、臍下三寸にあるものを下丹田と言います。
このブログでは中国武術の世界で最も一般に取り扱われることが多い下丹田を丹田として解説していきます。
丹田の位置に関する諸説
丹田の詳細な位置については諸説ありますが、最も一般的なものとしては、臍下丹田、つまり臍下の下腹部です。臍下三寸の位置という解釈がもっとも一般的なようです。昔の人は丹田を精气神を三宝とし丹田はそれらが集まる場所とみなしていたようです。
臍の下三寸といっても表面なのか、体の深部なのか、それには様々な説があり一様ではありません。丹田はある一点ではなくある程度の幅をもった地域としてそれぞれの人が認識する、ということになろうかと思います。
丹田という臓器
また、丹田という臓器は存在しないとされています。私は割腹して自分の腹部を見たこともありませんし、他人の腹を掻っ捌いて丹田を探したこともありません。
丹田という臓器がないというのは人から聞いた話です。誰から聞いたかというと私の師弟であり、よく帝王切開を行っている産婦人科の医師です。私はこの産婦人科医の証言にはある一定の信ぴょう性があると感じているため、丹田という臓器は存在しないという説を消極的ながら肯定しています。
丹田の周囲
丹田の周囲には小腸、骨盤、卵巣、精巣、子宮があり、骨盤には腸腰筋があります。腸腰筋は股関節、骨盤と胸椎や腰椎に連なる部分で体幹部の動作、骨盤や股関節の動作に大きな影響を与える深層筋です。
丹田を練る効果
中国武術において丹田を練る効果には以下のようなものがあります。
精神の安定
丹田を練ると精神が安定します。丹田を練ることはつまり、体の余分な力を抜いてリラックスをすることです。これによって緊張やイライラ、興奮という気分が抑制され、落ち着いた気分、リラックスした気分、穏やかな気分、心地いい気分になります。
この精神の安定は技撃にも効果があります。精神的な冷静さを保てることは、技撃において戦略的思考を行う余地を精神に与え、沈着冷静な意思決定ができる要因になります。
深い呼吸ができるようになる
丹田を意識して武術を練ると、深く呼吸することができるようになります。呼吸を深く吐くことは自律神経の一つである副交感神経が優位な状態を作り出します。副交感神経が優位になると精神がリラックスし、体の力みも取れ、毛細血管が膨張し消化器官が活発に動きます。
俗にいう腹式呼吸、あるいは腹式呼吸のもう一つ向こう側にある逆福祉呼吸という状態です。深い呼吸は肺活量の増大化を促し、酸素と二酸化炭素の交換による「濁気」の排出をも促します。これができると「放鬆」という中国武術には欠かせない基本的概念ができるようになってきます。
重心が低くなる
丹田を意識して武術の運動をすることで重心を落とすことができるようになります。丹田を意識すると呼吸が深くなり、体全体、特に上半身がリラックスします。呼吸が深くなれば胸の詰まりもなくなり呼吸が下腹部まで落ちる感覚が出ます。そうすれば息が詰まり体が強張り肩が上がった状態と比較して重心が下がり安定感が増します。
上虚下実になる
丹田を意識することで上虚下実という要訣を具体的に体現できます。上虚下実は上で説明した深い呼吸や重心落とすこととも密接に関連している概念です。上虚下実はしっかりと重心が落ち、下半身が充実し、上半身に力みがない状態をいいます。
丹田のイメージして武術の動作を行うことでこの上虚下実を行うことができるようになります。上虚下実は武術の練習をしている時だけに発生するものでもなく、武術を練るときにしか体現できないものではありません。
中国武術は常に生活や人生ともにあります。日常生活で直立している時や歩行しいている時にも丹田は練ることができますし、上虚下実も練ることができます。
深層筋を活用できる
丹田を意識することで胴体の内部にある深層筋を能動的に動かせるようになります。人間の筋肉はいわゆる筋力トレーニングを行う時に重視する大きな筋肉以外に、様々な細かい筋肉があります。
それらが絡み合い、協調しあい、反発しあいながら全体のバランスが保たれています。深層筋は骨盤周り、骨盤内部にもあり、それらが大腿部とつながったり、背骨や広背筋の内部で複雑に連携しあっています。
丹田を意識して武術的動作を行えば、胴体の内部にある深層筋に語り掛け、普段眠っていたり怠けている深層筋にも積極的に動くようにけしかける効果があります。深層筋たちが全員出動すれば、体全体の稼働率が高まり、より効率的で、高いパフォーマンスが発揮できるようになります。
入静の状態への導入を助ける
丹田を認識することは、呼吸を深くし、体全体をりらっくさせ、心からも緊張状態を取り去り、思考から雑念をも消し去ることにつながります。
心から雑念を消し去り、呼吸や丹田だけに意識を集中することは、一種のマインドフルネスな状態になります。これが「樁功」つまりは道教でいう打坐や仏教の座禅と同じように「入静」という状態に入ることを助けます。
周天を練ることにつながる
丹田を理解すれば、周天を練ることにつながります。周天には小周天と大周天があり、小周天は体の胴体部分にある任脈と督脈という二つの経脈に沿って気を循環させる方法、大周天は小周天の延長線上にあり、体全体に気を循環させる煉丹法です。丹田を意識することはこれらの煉丹法を練ることにつながります。
中国武術がより深く理解できる
中国武術は気と丹田の概念を使って意を練り、気を運用し体を動かし表現をするものです。ですから気の概念とともに丹田の概念を知り、認識すれば、中国武術がより深く理解できます。
日本では中国武術といえば、拳で人を殴ったり、足で人を蹴ったりと、そういう使い方ばかりが強調される傾向がありますが、中国本場で焼き餃子がメジャーではないように、あんまりそういうのは現地ではウケないやり方だと思います。
丹田の概念を練り、気の概念を運用するのが本当の中国武術の概念だといえます。念のため申し上げますが、気と丹田を練るのではありません、気の概念と丹田の概念を練ります。
丹田にまつわる概念や呼吸法
ここでは丹田にまつわる概念や呼吸法について解説します。
丹田呼吸
丹田呼吸とは丹田吐納とも言い、丹田を意識しながら行う深い呼吸の概念です。
あたかも丹田まで空気を吸い込んで、丹田から吐き出すかのようなイメージをすることで横隔膜が大きく上下に動かされ肩を上げずに肺活量を生かした大きく深い呼吸ができます。このような呼吸法には丹田呼吸という名称がつけられていますが、丹田で呼吸をし肺で気体、酸素と二酸化炭素の交換を行わないということではありません。
もし「丹田呼吸は丹田で行うもので、肺で行うものではない」と主張する方は、外科医に頼んで肺自体を摘出してもらい、その状態で呼吸が正常に行われ生命が維持できるかを自己責任で確かめてください。
気沈丹田
気沈丹田とは一種の感覚であり概念です。空気を下腹部まで落とし込んで重心が沈んだような感じにすることを言います。気沈丹田を行えば、下腹部に充実感、重量感、リラックス感、弛緩感、膨張感、飽和感というものを感じるようになります。
気沈丹田とは実際のところは、意念と放鬆と長く深い呼吸の配合による重心が下がるような感覚のことです。気沈丹田が行われるポイントは、これは強制的にそれを行わせるのではなく、あくまでも自然な状態を維持したままでなされなければならないということです。
故意に、強制的に行う気沈丹田は偽物であり、軽鬆、自然のなかでいつの間にか意識せずに成り立つ気沈丹田が本物の気沈丹田です。武術は自己の修練のために使うこともできますが、これを自然に活用して攻防技術の中にいつでも落とし込めるようにすることが必要です。
意守丹田
意守丹田は気沈丹田とよく似た概念です。意識を丹田に誘導することで呼吸を深くすることができます。呼吸を深くするだけで重心が下がり、気分が落ち着き、体全体が自然放鬆という理想的な状態になります。
ただし、武術としては意識は対象と戦術に向けるべきものですので、あくまでもこれは呼吸を深く保ち、体の重心を落とし、全身を強張らせないための
方法論の一つとしてとらえていただければと思います。
丹田と重心位置
物理学では質量の中心を重心といいます。人間の成人の重心は身長の55~57%の位置にあるとされています。つまりこれは大まかに言って丹田の意味する場所あたりにあるということを意味しています。
人間は動くつまり重心移動を行う際の中心として、重心を意識して生きています。中国人はそれを丹田という概念を借用して表現しているのかもしれません。呼吸や弛緩、立ち方の工夫によりこの重心というものを少しでも下げることができれば不安定さを少しでも解消できるという風に考えたのでしょう。
そのための具体的な方法論が丹田呼吸、気沈丹田、意守丹田らの要訣であると私は考えます。正中線を意識するだけでは縦方向の軸は意識できても、重心は落ちることはありません。丹田を意識すれば、重心位置をたとえ1%であれ下に落とすことにつながるのでは
と思います。
丹田のまとめ
今回は中国武術に切り離せない概念である丹田について考えてみました。
丹田という臓器は存在はしませんが、丹田という概念は存在します。中国武術を理解するには、「丹田というものは存在しないから意識しても意味がない」という考え方も間違いであれば「丹田は実在するからそれを実際に練ることが重要」という考え方も間違いです。正解は「丹田という概念」を練ることにあります。
そしてこの丹田が正しく理解され、それを体現しているかどうかは、中国武術の実際の動作にも表れます。その方が丹田の概念を理解し運用しているかどうかは見ればわかります。とても重要な概念です。
中国武術を練る際には丹田とは、ということを考えながら練習してください。そして丹田とはということを考える必要すらなくなった頃にはあなたの武術は本物の中国武術になっていることでしょう。