中国武術は本質的には近代までの戦闘技術です。ですが戦闘技術という実用面以外に、中華民族が感じる美的価値観や哲学、思想が含まれています。
中国武術をただの飛んだり跳ねたりの技術体系であると認識し練習すると中華民族が持つ本来の認識からかい離が発生してしまいます。
中国北派は武器の身体操作法を徒手に応用した戦闘技術体系を持ちます。徒手技術に限れば現代格闘技と比べて技術的に見劣りすることは否めません。ですが中国武術は護身には十分な実用性を兼ね備えており、美しい動作が多く鑑賞価値もあることから実用の美を備える無形的藝術ということができます。
目次
中国武術の力とは
中国武術の力、つまり実用性は以下の要素があります。
技撃 制敵の技術
つまり用法のことです。日本人は特に用法を考えたり、用法ばかり練習することを好みますのでこの実用法について身近に感じている方は多いでしょう。
養身、健身、強身
健康増進効果という実用性です。養身とは虚弱な体を労り一般的な体力がつくところまでもっていく方法論です。たとえば入院後のリハビリ、大きな手術の後の体力回復の過程がこれに当たります。
健身は健康な状態を維持する方法論です。体力を維持し健康を保つために週何度かのジョギングなどの有酸素運動、負荷の軽いエクササイズ等です。
強身とは、格闘術に耐えうる強壮な体力、運動強度の高い強度のスポーツのアスリートとして通用する体力を養成する方法論です。アメリカンフットボールやアイスホッケー、軍人のトレーニング等と同じく常人を超えた体力と運動能力を養成するための練習です。
中国武術には、目標に合わせて体力を増強するためのカリキュラムが具体的に存在します。健康を維持し、身体能力を強化するという実用性です。
体の協調性を高める
中国武術の力として、体の協調性を高めることができるという実用性があります。中国語で言うと「運」、体の運用が巧みになるということです。体の協調性、追従性がよくなれば同じ筋力、体重でも運動機能が向上します。
中国武術の美
中国武術の美、つまり嗜好性や藝術性には以下のようなものがあります。
楽 練って楽しむ
中国武術は自分で嗜むことによりその美的感覚を自分で表現できるようになります。自分の体と動きを使って中国武術を練ることは、中国武術が持つ哲学と芸術性を自分の肉体と精神で表現する一つという一つの無形の藝術作品をつくることになります。
どんな作品が生まれるか、一度しか生み出せない一瞬の作品をどう生み出すかを愉しむのが武術を練ることの意味合いです。
鑑賞 見て楽しむ
中国武術の動きは中国人の美的価値観を表しています。その精錬された美しい動きに見せられ武術を習い始める方も多いと思います。中国武術が演出する武術の風格は中国人の美学の結晶です。
知 学んで楽しむ
中国武術の歴史、門派の成り立ち、風合いの差異などを学び、知ることは中国武術を練る醍醐味でもあります。外観だけではなく、その奥に流れる背景を知り、論じ、探求する、これぞ美術、芸術を愉しむことと同じだと考えます。
中国武術は、「兵は不祥の器なり」としてそもそもは卑しく野蛮で下品で乱暴な武夫の格闘技術ですが武術の知見を学ぶという「武学」という概念は、学識と教養を重んじる階層の知的好奇心を満足させるものがあります。
実用の美の実例
実用の美の事例を以下に挙げます。
茶道具
茶碗、とくに曜変天目が有名ですが、「液体を注いで漏れない」という実用性を備えています。3点が国宝、1点が重要文化財です。
茶道具
茶碗に限らず、茄子や茶筒なども実用性を備えつつ美術品として大変に珍重されます。
陶器・磁器
実用性と美術性を兼ね備えたものとしては陶器、磁器も上げることができます。宋の時代に焼かれた汝窯の青磁は値段がつけられないほどの一品です。
書
書は文字を木簡、繊維、紙などにしたためたものです。事象を記録するという実用性の他に、書自体が美的芸術性を持っています。故宮博物館にも絵画とともに多くの書が収蔵されており、中国人は、書は書く人の精神状態と高尚な芸術性を表現するとして文人が嗜む芸術の中でも最高の位置に置き続けています。
日本刀
日本刀は折れず曲がらずよく切れるというように、近接兵器として非常に高いレベルで十分な実用性を持っています。
ですが、刀身の姿、波紋、風格、作風、刀匠とその系譜、そして刀装具も合わせて世界のコレクターから非常に高い人気のある美術品としての側面もあります。
機械時計
時計は時間を知る道具という実用性の他に、芸術品として収集、流通しています。ロレックスやパティックフィリップ等の高級腕時計は精巧な装飾により「時間を知る」という実用性以上の金銭的価値で取引されます。
万年筆
万年筆はいわばただの筆記用具です。現在はもっと便利なゲルインクボールペンが販売されているにも関わらず愛好家は増えつつあります。これは万年筆のかき心地と言う実用性もさることながら、金を使った装飾性ステータス性という美的感覚を刺激する部分があるからです。
ウイスキー
ウイスキーはただの蒸留酒といえば蒸留酒ですが、由緒ある醸造所で作られたウイスキーはただのアルコール飲料を超えた価値で取引され、全世界から尊敬と称賛を受けています。
葉巻
葉巻たばこも時には単なる嗜好品以上の価値を評価されます。私はたばこは嗜みませんが、適度な湿度で長期間理想的な環境で熟成されたたばこは、コレクターを虜にする魅力を帯びるとされています。
香木
白檀、沈香、伽羅などに代表されるただの木片とは思われない価格で取引され珍重されます。
陶芸
陶器、磁器の作品を作るという技術は藝術性をもつ創作活動です。実用性と芸術性を兼ね備えたものを創造する無形技術です。
服装
服装というものは寒さをしのぎ体を暖かく保つという実用性をもちつつ着る人の美的価値観を表すものとしての価値も持ちます。
まとめ
中国武術は健康維持と護身術という実用性を持ちながら、鑑賞して楽しめるという美術性、芸術性も持ち合わせた「実用の美」に当てはまるものです。
英語でも格闘技の事を、マーシャルアーツ(格闘の藝術)と言うように、中国武術も叩いたり蹴ったりという野蛮で下品で低俗な側面を持ちつつも、藝術的な価値も合わせて持っています。これは暴力や武力と言う低俗なものを高尚な余暇活動へと昇華させようとした先人の苦労の賜物です。
中国武術を技撃の術として練るのは間違ってはいませんが、中国武術というものを練るうえで
- 哲 哲学
- 修 心の修養
という概念を考えることをにより、中国武術の中に研ぎ澄まさた実用の美を求めることも
また風流ではないかと思います。