みなさんは「中国武術の高級技法には接近技法が多い」「中国武術の妙技は肌が擦れ合うほどの接近距離にある」、という話を聞いたことがある方はいらっしゃいませんか。私も中国武術の徒手の妙技は、肌が擦れ合うほどの接近戦にあるという考え方に賛同する者の一人です。
今回は、中国武術が接近技術を目指す理由についての考察を解説します。
目次
中国武術が接近技術を指向する理由
中国武術が接近技術を指向する理由は以下の通りです。
技術で勝負できるから
中国武術が高度になればなるほど接近技術を指向する理由で最も大きなものは、技術で勝負できるからということが挙げられます。
接近技術はロングレンジの遠撃と比べて角度や、相手の意識を読みとる能力、体重配分の駆け引き、短い距離で威力を出す打撃法など技術と経験の比率が高いため、長い間手間暇をかけた工夫と研究をかけることで差別化を図ることができます。
加齢とともに反応速度が遅くなるから
中国武術が接近技術を指向する理由は、「老化」という避けることができない人間の生理的現状が密接に関係しています。人間の身体的能力は20歳から25歳をピークに下降の一途をたどります。
特に筋肉が発揮できる最大値、瞬発力、筋持久力、視力、動体視力、刺激を受けてから体が反応するまでの速度、心肺機能、回復力なども例外ではありません。これは私の推測ではなく、科学的方法論に基づいてデータを集計した結果、証明された事実です。
特に瞬発力と回転力を生かしたアウトレンジの戦闘において、加齢を伴った体での対決は著しく不利です。ですが加齢にともなって下降する能力の中でも、経験の蓄積による判断能力は低下の比率が低いとされています。30代、特に40代以降の人間が、大学生~20代の徴兵適齢期のアスリートと対抗できる唯一の方法が、経験と知見の蓄積での勝負となります。
中国武術は修めるべき内容が多岐にわたり、促成しにくい技術内容が含まれるため、技術向上の軌跡はどうしても大器晩成型のカーブを描きます。練習開始当初の数年間は、即効性のある技術体系を持つ護身術に対し、見劣りする期間が長くなります。
接近技術ならば、反射速度や瞬発力よりも角度、経験基づき相手の動作を先読みする能力、重心の配分などを予期する能力で勝負できる比率が高まるため、比較的優位なところで勝負ができるということが、中国武術に接近戦を指向させる理由の一つになっています。
遠距離戦は武器を持って戦えるから
中国武術は武器術の身体操法を徒手に置き換えて動くことを特徴としています。槍や刀があればそれを持って攻防を行うという考え方が基本です。
ある程度の距離があれば武器を扱えればよく、この場合、肌がこすれるほどの接近戦でのみ徒手技術が使えば問題ないと割り切ることが可能です。自分も相手も徒手で対決を行う、ということを前提としないところが中国武術のポイントです。
接近技術を使う条件
中国武術の徒手拳術は接近技法を指向すると上で申し上げましたが、接近技法を存分に成立させるにはいくつかの条件があります。ここではそれらの条件を解説します。
短距離で勁力のある打撃を打てること
接近技法を使って戦況を有利に進めるには、相手と肌を擦りあう距離から十分に体重が乗った打撃を発する技術が必要です。よく「寸勁」や「暗勁」という名称で形容される打撃方法がこれに当たります。
全身の協調性を練って門派の動作に習熟すれば比較的小さな予備動作、比較的小さな末端部の動きで、見た目と比べて大きな打撃力を出すことができるようになります。これについての具体的なアプローチは門派、支派がそれぞれに持っているものですので、詳しくはご自身が練習している系統のものを採用していただければと思います。
短い距離で十分に体重が乗った打撃を発する、これについて具体的なところを少し紹介すると、体の中に概念として予備動作を作る方法、拳や掌だけではなく、頭部、肩部、上腕、肘、前腕、背部、腰骨、臀部、膝などで瞬発力を出す技術です。これは門派、支派に様々な工夫があります。
弾幕をかいくぐる技術を持つ
中国武術の高級技法は接近戦にあり、と言ってもそれを生かすためには相手の遠距離の弾幕をかいくぐり相手の懐に接近する必要があります。
さて相手の懐に接近する方法は具体的はどのようにすればいいのでしょうか。まずは歩法つまりフットワークです。相手の方向に直進すれば相手の弾幕に正面から飛び込む状態になり、格好の餌食になります。
逆に相手の攻撃を避けるため側面から攻撃しようとして大回りしすぎると相手は自身の方向を修正するため、また正面から飛び込むことになり同じく相手の弾幕の格好の餌食になります。
要は、方向修正を加えられないぎりぎりの角度で相手に近づくフットワークと計算された角度や弧の活用法が必要になるということです。
相手の行動と重心配分を先読みする
相手に接近するということは、取っ組み合いに発展する可能性が高まるということです。その際には相手の行動及び重心配分を予測する技術が必要になります。
これは相撲、柔道のようなつかみ合いや投げ合い、推手のような試しあいで練ることが可能です。このような重心配分への敏感度、相手の行動の予知予測では身体の若さと動体視力や反射神経より、経験と功夫の蓄積を比較的作用させやすい状況を生みます。
摔法との連携する
接近技法が使えるようにするには、摔法(投げ技)に通じている必要があります。もし相手も接近技法を得意としている場合、相手は間違いなく摔法と絡めた攻防技術を使ってきます。ここでこちらが摔法に通じてなければ、戦局的に非常に不利な状態で攻防をおこなうことになります。
接近技法を使いたい場合は、卓越した摔法の技術を習得しておきましょう。できれば摔法と打撃がシームレスにつながるようにしておくことが理想的です。
ある程度の体重と体格がある
接近技法を使いたい場合には、現実的な話としてある程度の体格と体重があるほうが有利です。恰幅のいい体重80キロの男性と、小柄で体重55キロの男性が取っ組み合いをする場合、技術と経験とセンスが同等であるならば、体重が軽く小柄な方は明らかに不利です。
中国武術は体格や体重差を乗り越えることができる、という理想を追い求めたいという気持ちは理解できなくはないですが、小柄な人が、藤原組長やストロング金剛、蝶野正洋、竹原慎二とバトルして圧勝できる絵があまり浮かばないんです。
肝を据える
緊張して威勢に押された状態で接近戦に持ち込んでも、上半身に無駄な力が入り重心が上がった状態になります。これは非常に不利な状態です。腹をくくって自分を信じ、精神状態をいわゆる肝を据えた状態にもっていくようにすれば、重心は腹部の下のほうに集まり、肩が落ち、目が座り冷静さと覚醒を両立させたままの有利な状態をキープできます。
中国武術と接近技術のまとめ
今回は中国武術と接近技法について解説しました。
中国武術、特に徒手技術では肌がこすりあうほどの距離で攻防のやり取りが行う技術が備わっています。中国武術の技術体系はなぜ接近技法が多いのか、高級といわれる套路や内容は接近技法か、についての謎を解くヒントになればと思います。
接近技法を使いこなすのは難しいです。時間と手間暇がかかります。ですが時間と手間暇をかければ、運動神経と身体能力が優れた人間と対峙した場合優位に立てる可能性が高まります。
「接近技法は距離が近すぎて威力が出せないから使い物にならない」などと技を捨ててしまわないで、今わからないことはいったん保留にし技の精度を上げられるよう、時間をかけて練習してみてください。何か新しい発見が見つかるかもしれません。