人間含めた地球上の生物は、外界から酸素を取り入れ、体内で発生消費し、代わりに二酸化炭素を吐き出して生命を維持しています。中国武術にはこの呼吸というものをより能動的に活用するための様々な工夫が盛り込まられています。
中国武術を練る際に呼吸を意識し活用すれば動作には更なる彩が添えられます。本日は中国武術における呼吸の活用の仕方及び重要性などについて解説します。
中国武術の呼吸の特徴
中国武術は例外はあるものの鼻呼吸を基本に練ります。鼻呼吸を行う理由を説明します。
口呼吸はリズムが読まれやすい
口呼吸をすると呼吸のリズムを相手に読まれやすくなります。これは中国武術特有の理由ではありませんが武術、武道で人と対峙する際に相手に呼吸からリズムを読まれることは、特に打撃を受けた際の耐性への大きな脅威となります。
口呼吸は空気中に黄砂と煤が多く口で空気をそのまま吸い込むと体に悪い
これは中国北派武術の体系が整えらた環境に起因する特有の理由ですが、中国北方は土の粒子が細かく粉塵が舞い上がりやすい土地柄です。また調理に石炭やコークスを使うため空気に多量の煤が含まれ、口で空気を直接吸い込むことが体に悪い兆候を及ぼすことを危惧した中国人の知恵です。
中国北方の内陸部の大都市に行かれたことがある方は、石炭の靄がかかった街並みを目にしたことがあると思います。
空気が冷たく乾燥している
中国北方の空気は冷たく乾燥しているため、口から直接吸いこむと喉を傷めやすく肺に良くないとされます。鼻を通して空気を吸い込み、鼻のフィルターを通して適度な湿度と温度を空気に与えてから空気を吸い込みます。
気が抜けてしまうことを嫌う
鼻で呼吸することには、体内に蓄えた「気の概念」が口から抜けてしまうことを防ぐという概念的な目的があります。口から呼吸をはぁーと吐くと、あたかも風船が縮む時のように体内に蓄えた圧のようなものが急速かつ瞬時に萎んでしまいます。鼻呼吸であれば呼吸がゆっくりになるためある程度の圧を保ちながら行動することが可能になります。
これはあくまでの観念的なものであり、中国人老師が「体を洗うとせっかく練った功夫が流れ落ちてしまう」として練習直後の入浴を避ける方いるのと同じようなものです。
中国武術で呼吸を生かすメリット
中国武術において呼吸を生かすメリットは以下の通りです。
気体の交換をスムーズに行う
中国人と中国武術家が呼吸を重視する理由は、気体の交換をスムーズに行うためです。現在では生物は生きるために酸素を吸収し二酸化炭素を放出していることは常識ですが、酸素や二酸化炭素と呼吸の関連性が科学的に明らかになる何千年も前から中国人は「換気(気体と気体の交換)」を重視しこれが生命の維持、健康の増進に関連性があることを経験的に発見していました。
呼吸のふいごで技撃の効果を高める
呼吸は生命活動を維持するだけではなく、技撃の作用の効果を高めるために活用できます。
例えば「打」という概念においては、呼吸の「呼」と「打」のタイミングを合わせることにより物理的な攻撃力を高めることができます。呼吸という「気の概念」と意や神という頭脳や神経の概念を能動的に動員すれば効果はさらに高まります。
また、攻撃を喰らうことが避けられない場合、呼吸の「呼」と打たれるタイミングを合わせることにより瞬間的に体の耐性を上げることができます。これにより衝撃と打撃力の内臓への浸透を多少緩和することもできます。
呼吸は精神の緊張とリラックスに寄与する
呼吸は精神の緊張とリラックス、筋肉の強張りと弛緩に関与します。呼吸を意識し操作することにより、脳と肉体が集中力を高い状態でかつリラックスしている「覚醒」している状態を作りだしたり、リラックスした状態を作り疲労回復を行ったりを補助します。
中国武術における呼吸の段階
中国武術における呼吸の段階を紹介します。
意識して呼吸と動作を一致させる
套路や単式練習を行う際、呼吸に意識を置くことにより呼吸と動作の協調を維持するという段階です。これにより動作と呼吸の配合と整體の勁道の配合を練ります。つまり整勁を練るということです。
一人で練習する際意識しなくても呼吸と動作が一致する
意識をしていれば呼吸と動作が一致できるようになってしばらくすると、一人で練習を行う際に特段意識せずとも動作と呼吸が一致するようになります。これができれば意識を呼吸以外の部分に向けることができるようになり、呼吸と動作の配合を保ったまま戦略的思考への脳の分配比率を高めることができるようになります。
人と対峙するといった緊張下でも呼吸と動作が合致する
一人練習でどのような動作でも呼吸と動作が一致できるようになれば、人と対峙した緊張下で呼吸と動作の配合が行えるかを試してみてください。人と対峙した場合、注意力を自分の内面に向ける余裕はなくなります。この状態でも自然と整った呼吸ができるようになる必要があります。
呼吸と動作を意識的にずらすように操作できる
呼吸と動作を意識的、または無意識に一致させるようになれば、次はそれを意識的にずらせるように操作してみてください。例えば發勁のタイミングで息を吸う、または4打打つ間に3度呼吸をする、などなどです。これができるようになれば、呼吸に動作による制約がなくなり、動作に呼吸の制約がなくなります。
呼吸と動作を自在に操れ無意識に武術的かつ自然な呼吸ができる
呼吸が自由に操れ、さらに無意識にも自然な呼吸ができれば、概念的には技撃的にも有利な状況を作れ、相対的に余裕を持った心構えができます。
他人の呼吸を読み自分がそれに合わせて動くことができる
自分の呼吸だけはなく、対峙する相手の呼吸を読んでそれを上手く手玉に取れれば技撃面で肉体的なハンディーも多少カバーできるのではないでしょうか。
呼吸の概念すらなくなる
呼吸と意識を含めた自分の概念が森羅万象の一部となった気持ちになり、自分は宇宙で宇宙は自分自身という感覚を持ち、自分と自然の境界線がなくなったかの感触を持つことを中国人は「天人合一」という概念で表します。中国人は胎児の呼吸、毛穴呼吸というような表現で、いわゆる自然呼吸を表現します。
まとめ
本日は中国武術の呼吸について解説を行いました。中国武術は本質的には武器操法を基幹技術とする護身術ですが、導引術(いわゆる気功)や養生術とも明確な境界をもたない連続的な関連性を持ちます。よって武術の動作がそれ即ち健康法であり、呼吸法であり、呼吸法がそれ即ち技撃術となるわけです。
中国武術における呼吸の効用についてはこれからも更なる研究を重ねていきます。機会があれば今後別の記事で紹介したいと思います。